#12 佐賀アームストロング醸造所

羽田空港から2時間弱。場所は見渡す限り田畑が広がる、佐賀平野。 都内に比べて視界が2倍くらい広がる感覚を持ちながら限りなく広がる自然の中に突如として現れる近代的な醸造設備。佐賀アームストロング醸造所(以下、アームストロング醸造所)だ。明治時代初期に佐賀藩が所持し、新政府軍と旧幕府軍との間でおこった戊辰戦争では、新政府軍の勝利の重要なカギとなった「アームストロング砲」が醸造所名の由来となっている。

アームストロング醸造所の運営母体は、食品及び化学プラント機器製造の「コトブキテクレックス㈱」だ。1932年に創業してからじきに100年間、この老舗プラントメーカーが佐賀の地でクラフトビール醸造に参入するストーリーを松本社長に伺った。

合わせてブルワーとして20年以上の経験を有するヘッドブルワーの多田隈氏にアームストロング醸造所のユニークな取り組みと現状のクラフトビール業界に対しての想いを伺った。

(左)松本氏 @ 都内某所|(右)多田隈氏 @ 佐賀アームストロング醸造所

プラントメーカーが手掛ける異色なブルワリー

(松本氏)本社は神奈川県川崎市に位置し、主に食品および化学プラント機器製造を行う鉄工所を運営しています。一見、クラフトビール醸造とは距離のある当社がなぜ佐賀県でビール醸造を開始したか疑問に思われる方も多いでしょう。

実は、最大で最も古いお客様が味の素株式会社であり、川崎だけでなく佐賀にも60年以上前から事業所を展開していたことがきっかけなんです。味の素様との長年の取引関係が、佐賀との深い結びつきを築いてきたんです。 当社は約60年前にアミノ酸発酵プラントの製造に参入しており、この技術の延長線上で、ビール醸造に必要な発酵プラントの製造も手掛けるようになりました。アミノ酸発酵のノウハウを応用することで、ビール醸造においても高品質な設備を提供できるようになったのです。

佐賀との歴史的なつながりと技術的な背景から、当社はクラフトビール醸造事業を佐賀でも展開しています。味の素様との長いパートナーシップと、発酵技術の応用により、佐賀でのビール醸造事業を今後も加速させていきたいですね。 この取り組みは、単なるビール醸造にとどまらず、地域との絆を深め、技術の進化を支えるものです。佐賀でのクラフトビール醸造事業が、業界のゲームチェンジャーになることを狙っています。

また、当醸造所はクラフトビールの新規参入ブルワリーをサポートするためショールーム的な施設としての位置づけでもあります。当社も実際にビールを造ってみないことにはブルワリーさんの気持ちが本当には理解できないだろうと考えました。当社の設備を導入いただくブルワリーさんがより効率的に品質の高いビール醸造を実現するために、アームストロング醸造所で実際にブリューイングを行っているという側面もあるのです。

これまで多くの醸造所を訪問させていただいたが、コトブキテクレックス社の醸造タンクを導入しているブルワリーは多い。60年前からナショナルブランドのビールメーカーのタンクも製造しているコトブキテクレックス社がショールーム的な醸造所を設立し、自社の設備セールスにつなげる取り組みは極めて合理的だ。 また、業界に変革をもたらすポテンシャルを秘めた「実験的な設備」も多数導入している点が非常に興味深い。この点が現ヘッドブルワーの多田隈氏にとっても大きな魅力となったようだ。

(多田隈氏)実はアームストロング醸造所に入社したのはつい最近なんです。松本社長からお声がけいただいたのがきっかけでした。私自身20年以上ビール醸造に関わっていますが、アームストロング醸造所の様々な実験的な取り組みは斬新で魅力的だと感じたのが、入社させていただいた一番の理由です。 例を挙げると、自社で製麦(*1)した麦芽を原材料としたビール作りを行っています。クラフトビール業界では、通常、ビールの原料は水以外の多くを輸入に依存しています。しかし、アームストロング醸造所は自家製麦でこの状況に変革をもたらそうとしています。 もう一点、アームストロング醸造所に魅力を感じたのは「立ち上げたばかりの醸造所」である点です。この新しい環境では、自分自身のチャレンジ精神を発揮しやすく、多くの革新的な試みを実行する余地があります。アームストロング醸造所の一員として、地産地消のクラフトビール製造を推進していきたいと考えています。

*1:製麦とは、ビール醸造に不可欠な麦芽を作るプロセスであり、以下の5つの工程から成る。まず、大麦を掃除して異物を取り除く(掃除)。次に、大麦を水に浸けて吸水させ(浸漬)、その後4〜6日間発芽させる(発芽)。発芽した麦芽は徐々に温度を上げて乾燥させ(乾燥)、最後に根を取り除く(根切り)。これによりビール醸造に適した麦芽が完成する。

原材料の大半を輸入に頼っているクラフトビール業界において「地産地消」という思想はなじみが薄い。しかしアームストロング醸造所はその思想を体現しようとしている。麦芽は水の次に大量に使用される原材料であり、地元の水と麦芽を使用することで、地産地消に一層近づくことができる。

20年以上の経験を持つヘッドブルワー、多田隈氏が手掛けるクラフトビールは、様々な革新的な設備を駆使して醸造される。彼が生み出すビールにはどのような化学反応が起こるのか、その期待感は非常に高い。

鉄工所との連携がもたらす革新的変革

運営母体ではるコトブキテクレックスが運営する醸造所の強みは他にもある。それは、鉄工所と隣接する醸造所である点だ。これにより、醸造所につきものである「設備不良」をクイックに解決することができるのだ。

(多田隈氏)普通のブルワリーでは、設備の不具合や改善に1~2ヶ月かかることが多いです。しかし、アームストロング醸造所の場合、隣に鉄工所があるため、設備の問題が発生しても即日対応が可能です。これにより、生産ラインのダウンタイムを最小限に抑え、高品質なビールを安定的に供給することができます。 設備の改善や不具合対応が迅速にできることは、品質管理や生産効率の向上に直結し、新しい技術やプロセスの導入も素早く行うことができるため、常に最適な設備状態でビールを醸造することが可能です。 このように、隣接する鉄工所との連携により、設備対応のスピードと効率を大幅に向上させています。これが当社ブルワリーが高品質なビールを提供し続ける大きな要因の一つです。ストロングバーレーのような優れたビールを生み出す背景には、この迅速な対応力が大きく貢献しています。 

(醸造所に併設される鉄工所)

特に小規模ブルワリーにとって、設備不良は深刻な問題だ。例えば、タンクの一部が故障するだけで、その仕込みのスケジュールが大幅に遅れ、醸造計画全体に大きな支障をきたす。場合によっては発酵不良に繋がり、1回分の仕込みビール全てが廃棄なんてことにもなりかねない。さらに、故障による修理費用やダウンタイムのコストがかさむことで、経済的な負担も大きい。設備の迅速な修理やメンテナンスが求められるが、特に小規模なブルワリーにとってその対応が難しいことが多いのが現実だ。

こうして、鉄工所の後ろ盾を活かしながら、アームストロング醸造所は次々と実験的かつ革新的な設備を導入している。以下に特筆すべき設備を3点紹介する。

 1.オープンファーメンターで発酵状況を目視

(多田隈氏)オープンファーメンターは、蓋を開けることができる特殊な仕組みを持つ発酵タンクです。通常の発酵タンクはシリンドロコニカルタンク(*2)と呼ばれるもので、蓋が密閉され、加圧できるようになっていますが、うちではシリンドロコニカルタンクも併用しつつ、あえてオープンファーメンターも導入しました。 オープンファーメンターの最大のメリットは、発酵している様子を直接目視できる点です。発酵途中の泡の形状を観察することで、発酵がうまく進んでいるかどうかを確認できます。同時にデジタル測定機器を併用し、より正確な発酵管理が可能になります。 またエール系の上面発酵の場合、発酵が進むと酵母が上に浮いてきます。今後チャレンジしたい取り組みとして、活動を終えて浮いてきた酵母をまだ元気な状態で直接すくい取り、培養管理することで次回の仕込みの際に再利用し、効率的な酵母管理が可能になると考えています。 蓋を開けた際にビールが酸素に触れることで風味や味の劣化や色の変化などといった「酸化リスク」がありますが、蓋を開ける際には二酸化炭素をエアシャワーのように注入しながら行うことで、酸素が入り込むリスクを軽減します。

*2:シリンドロコニカルタンク(Cylindroconical Tank)は、ビールやワインの発酵・熟成に使用される特別な形状のタンクである。このタンクは、上部が円筒形(シリンドリカル)で、下部が円錐形(コニカル)になっており、円筒形のタンク上部で、発酵中に発生する泡やガスが上に移動しやすい構造になっている。 タンクの底部は円錐形で、発酵後の酵母や沈殿物が自然に底に集まりやすくなっている。その利点は3点ある。1点目は発酵後に酵母や沈殿物が円錐形の底部に集まるため、これらを簡単に収集して除去できる。これにより、ビールの透明度が向上する。もう1点はタンクの形状により、洗浄が容易であり、衛生的な管理が可能である点だ。最後は円筒形の上部は圧力に強く、発酵中に発生する炭酸ガスの圧力を効率的に管理できる点である。

2.横置きタンクの効率性

(多田隈氏)横置きタンクはシリンドロコニカルタンクとは異なる、横に長いタンクが複数連結された装置です。こちらは、発酵タンクとしても利用可能ですが今は貯酒タンクとしての機能を果たしています。 800㍑のタンクを6基連結し、冷蔵倉庫内に設置することで、スペースを効率的に利用できます。また冷蔵倉庫内で6基分のタンクを一括して冷却しているため、1基ずつ冷却する方法に比べて、効率的な冷却が可能になると考えています。 また現状は貯酒・熟成用に使用していますが、今後1度の仕込み量が増えた際には発酵タンクとしての活用も考えられます。シリンドロコニカルタンクでは、2,000~3,000㍑といった大量醸造になると発酵効率が落ちることがありますが、横置きタンクではそのリスクを回避できると言われています。

(横置きタンクの外観。800㍑×6基が効率的に並ぶ) 

 

(冷蔵倉庫内の様子。タンクが一括で冷却される)

3.地産地消を実現する製麦機

(松本氏)麦に吸水させて発芽させ、麦芽を作る。大手のビールメーカーは自社に製麦設備を持っていますが、自社で製麦を行っているマイクロブルワリーはほとんどありません。 そのような状況下で、当社は新たな挑戦として製麦機の開発に着手しました。プラントメーカーとして数々の設備を手掛けてきましたが、これまで製麦機を造ったことはなく、また日本国内に製麦機を製造するメーカーも存在しておらず、見本になるものがなかったのでゼロベースから造りました。既存の製麦機のマニュアルなど存在していなかったため、モルティング(発芽工程)のノウハウも手探りの状態からスタートし、醸造学の専門書を熟読して試行錯誤を重ねながら実用化を実現したのです。

 「水以外の原材料は海外からの輸入に頼っているクラフトビール醸造の実情」に疑問を持ち、製麦機をゼロから開発製造するという大胆な発想はコトブキテクレックス社、ひいては松本氏ならではだと感じた。今後設備を大規模化し、コストメリットを担保できれば、麦芽を海外輸入に依存してきた国内のクラフトビール業界のゲームチェンジャーになるだろう。

地産地消への取り組み ~ 佐賀県産二条大麦を使った麦芽 ~

アームストロング醸造所の特徴でもある「自家製麦」。佐賀県産の二条大麦を自社で製麦する取り組みは、醸造するクラフトビールにどのような効果をもたらすのか。

(多田隈氏)同じ大麦でも生産地が異なれば、その味わいに独特の違いがあります。 佐賀県は、豊かな自然と肥沃な土壌を誇る地域で、ここで育てられる二条大麦は、特有の風味を持ちます。米と麦の二毛作として栽培されることが多く、田んぼの養分が高い土壌で大麦が育ちます。この栄養豊富な土壌は、大麦に独自の味わいと品質をもたらします。特に佐賀の二条大麦はその香り高さと深いコクが特徴であり、ビールに特別な風味を加える要素となります。

海外の大麦はビール醸造専用に育てられており、安定した品質と特定の風味を持つように管理されています。これに対して、佐賀の二条大麦は農地の特性や栽培方法が異なるため、成分や味わいにおいて明らかな違いが生じます。実際に具体的な味わいの違いを言葉で表現するのは難しいのですが、成分的には明確に異なり、「その違いをいかに活かすか」がビール醸造における大きなポイントとなります。佐賀の二条大麦を使用することで得られる独特の風味や口当たりを最大限に引き出すための工夫が、ヘッドブルワーとしての役割だと考えています。

 

佐賀の二条大麦の魅力を生かしたビール作りは、日本ならではの新しいビール文化を築く可能性を秘めている。その風味を楽しむことは、日本の自然と農業の恵みを味わう瞬間でもあるだろう。国産大麦の特性を最大限に活用し、ビールの新たな魅力を探求することで、国内外のビール愛好者にとっても特別な一杯となることは間違いなさそうだ。

定番メニュー

アームストロング醸造所の一押し商品は、熟成に半年以上の期間を要するバーレーワイン(*3)の「ストロングバーレー」だ。過去には Japan Great Beer AwardsやIBC(International Beer Cup)でも受賞している逸品だ。

*3:バーレーワイン(Barleywine)は、ビールの一種でありながらワインに匹敵するアルコール度数と風味を持つ、非常に濃厚でリッチなビールスタイルである。アルコール度数は通常8%から12%程度。非常に豊かな風味と香りを持ち、カラメル、トフィー、フルーツ、モルトの甘みが特徴的。ホップの風味も強いが、モルトの風味が前面に出ることが多い。また熟成によって風味が変化し、複雑さが増す。長期間熟成させることで、より深い味わいと香りを楽しむことができる。

(多田隈氏)先任のヘッドブルワーはハイアルコールビールを好んでおり、特にバーレーワインを作ることに情熱を注いでいました。私自身もハイアルコールビールが好きで、その魅力に深く共感しています。このビールは、特に前述の佐賀県産二条大麦の芳醇な香りが十分に引き出されており、明らかに海外麦芽を使ったバーレーワインとは香りが異なります。

ストロングバーレーの醸造における注意事項は2点です。 1点目は濾過工程です。バーレーワインは他のビールスタイルレシピに比べて大量のモルトを使用するため、非常に粘度が高く濾過の工程でロイターの部分が詰まりやすくなります。そのためゆっくりと濾過を進める必要があります。 もう1点は熟成工程における温度管理です。ストロングバーレーは低温で長期間じっくりと熟成させることで、その深いコクを引き出しています。熟成期間中の温度を一定に保つことが重要であり、温度管理には細心の注意を払っています。これにより、最適な環境で麦の風味がじっくりと熟成され、豊かな味わいが生まれます。

過去にはこのストロングバーレーを有明海の海底で熟成させるプロジェクトなど、聞くだけでワクワクするような取り組みも行ってきた。麦の味わいがとにかく濃厚さと、スパークリングワインのようにきめ細やかな泡のバランスが取れた逸品だ。大きめのワイングラスなどに注ぎ、のど越しだけではなく味や香りもゆっくりと楽しめる。

経営目線の展望 | 醸造過程における挑戦

経営者としての松本氏、ヘッドブルワーとしての多田隈氏。各々の目線から今後の展望を伺った。

(松本氏)今後の展望として考えていることは3点あります。 1点目は、DREAM BEER(*4)用の1.5L PETボトル専用充填機を開発しています。川下工程の包装は自動化が遅れていて、ブルワリーに限らずどの産業でも労働集約的なエリアです。従来、タンクなど川上工程の機器を製造してきた弊社にとっても、チャレンジしてみたかった分野であります。佐賀でクラフトビール醸造をしていたからこそ、このような参入機会にも巡りあえたのだと思います。これで安価で効率的な機器を開発できれば、クラフトビール業界にも大きく貢献出来ることと考えています。

2点目は製麦装置の大型化&販売です。前述の通り佐賀産二条大麦の自社製麦を行っており、地産地消としての思想は広く受け入れられていますが、ビジネスの観点ではまだ不採算で、品質も良いとは言えません。現在の問題点を解消するためには大型化、自動化は避けて通れない道だと考えています。逆に言うとこれらが実現したら、クラフトビール業界に大きな変革をもたらすポテンシャルを秘めていると思うのです。この取り組みはプラントメーカーである当社の技術力を活かしていきたいですね。

最後はビール醸造と異なるのですが、袖ケ浦蒸留所兼タップルーム計画です。ビール醸造ではなく、ウィスキーやジンの蒸留ですね。人口が少なく車社会の佐賀でのクラフトビール販売は苦戦している状況です。そこで弊社主要拠点で、酒類製造業者がいない千葉県袖ケ浦市にて蒸留所兼タップルームの設立を計画しています。この場所を首都圏での販売拠点、本業のアンテナショップ的な存在にしようと考えています。本業の営業のみならず、人材募集、社員の福利厚生、副業支援、OB人材活用等多方面で地域貢献にも繋がると考えています。 蒸留酒は、そのまま原液として楽しむことができるのはもちろん、多様なカクテルのベースとしても楽しめる、非常に多彩な魅力を持つお酒です。これまで蒸留酒の作り手たちは製造工程に情熱を注ぎ、最高の品質を追求してきましたが、「作ったら終わり」という考え方を持つ方も多かったように思います。 そこで、蒸留酒を作るだけでなく、その後の楽しみ方にも提案の幅を広げることで、新たな価値を提供できるのではないかと考えました。例えば、作り手自らが蒸留酒を使ったカクテルを提案することで、消費者にそのお酒の楽しみ方をより深く知ってもらう機会を創出できるのです。

*4:DREAM BEERとは家庭や小規模な店舗で使用することを目的とした、ビールサーバーやビールディスペンサーの一種。家庭で簡単にプロフェッショナルな品質のビールを楽しむことができるように設計されたデバイス。

アームストロング醸造所は、ショールーム的な実験的醸造設備を備え、他の小規模醸造所では実現しづらい革新に向けた取り組みを継続的に実践している存在である。アイデアマンとして知られる松本氏が次々に生み出す斬新なアイデアに対して、経営者目線でビジネス面からシビアに実現可能な形に見据えるその卓越した経営手腕が、コトブキテクレックス社が100年間価値を創造し続ける企業である所以であると感じる。

一方で、ヘッドブルワーとしての多田隈氏は、ビール醸造において大きな挑戦を考えている。

(多田隈氏)まだ入社してから日が浅いので、まずはアームストロング醸造所の思想を引き継いで、既存のレシピを磨いていきたいと考えています。その後、高比重・ハイアルコールの新たなビールを作っていきたいと考えています。特にデュベル(*5)のようなビールを作ってみたいですね。 もう一点挑戦してみたいことがあります。学生時代に生物学を学び、一時期その分野で仕事をしていた経験を活かして、酵母の培養や自家製酵母の使用にも強い関心を持っています。うちは既に麦芽を自家製麦しているので、もし酵母も自家培養できるようになれば、他の醸造所にないオリジナルで面白いビールが作れるのではないかと考えています。

*5:デュベル (Duvel) は、ベルギーを代表するビールの一つで、ベルギアン・ゴールデン・ストロング・エールに分類される。その独特な風味と高いアルコール度数で知られ、世界中のビール愛好家に愛されている。アルコール度数は約8.5%で、グラスに注ぐと豊かな泡が立ち、クリーミーな口当たりを楽しむことができる。瓶内で二次発酵を行うため独自の炭酸ガスを含み、特有の香りと味わいが生まれる。


ビール醸造において、「酵母」という微生物は極めて重要な役割を果たしており、その働きがビールの味わいに深みと多様性をもたらし、クラフトビール愛好家を魅了している。同じレシピでも酵母の状態次第で、その風味や香りに違いが生じ、毎回異なる味わいが楽しめる。 生物学を専攻し、特に酵母の特性とその動作メカニズムを深く理解している多田隈氏にとって、酵母が主役の1つになっているビール醸造はまさに天職と言えるだろう。

クラフトビールブームを永続させる鍵 〜 地ビールブームの教訓から学ぶ

(多田隈氏)地ビールブームの終焉が近づいていた2000年頃に、生物学の研究職から醸造家へのキャリアチェンジを決意しました。それから20年ほどの期間を経て、近年のクラフトビールブームを迎えましたが、このブームを受けて多くの若いブルワーさんたちが豊富な知識を持ち、日々進化するブリューイング技術を駆使しています。私自身も彼らから多くを学び、共に切磋琢磨していきたいと考えています。しかし一方で、昨今のクラフトビールブームの状況に「地ビールブームの終焉」と似たような兆候も感じています。

誤解を恐れずに言うと、残念ながら最近では「美味しくないな」と感じるクラフトビールに出会うことも増えてきているように感じます。もし初めてクラフトビールを飲んだお客様がこのようなビールに出会い「美味しくない」と感じてしまえば、その後は大手ビールに戻ってしまい二度とクラフトビールを飲んでもらえない気がしているのです。これは地ビールブームの終焉を招いた要因の一つでもあったのではないかと感じていて、その現象が再度起こりうるのではないかと懸念しています。

さらに言うと、ビールが好きな人って決してビールだけが好きというわけではなくウィスキーも焼酎も好き、つまり「お酒が好き」な人が多いと思うんです。それだけに、クラフトビールの味に満足できなかったら、あっさり他のお酒に流れてしまうと思うんですよね。


クラフトビール業界は現在、発展と淘汰の狭間に立たされている。高品質なビールを作り続けることで、新しいファン層を獲得し、持続可能な成長を目指す必要がある。初心に返り、ビールの品質を最優先に考え、真摯にビール作りに取り組むことが、クラフトビール業界の未来を切り開く鍵となるだろう。 そのような状況下で、多田隈氏がクラフトビール業界に見出す活路は、「自由な飲み物であるビールが、大衆向けの分かりやすいトレンドを生み出し続けること」だ。クラフトビールが特定のマニアだけでなく、幅広い層に愛されるためには、分かりやすく親しみやすいビールを提供することが重要だ。

「ビールは自由」であるはずですが、最近は特定のビールスタイルに集中するトレンドが目立ちます。今のクラフトビールブームを持続可能なものにするために、新しいトレンドを生み出すイノベーションが必要だと考えています。前述の通り既存のクラフトビール愛好者は、クラフトビールだけでなく、美味しい焼酎や日本酒も楽しむ「お酒が好き」な人が大半です。そういった人たちが継続的にクラフトビールを選んでもらうためには、1つの流行りに依存せず、新しいトレンドを生み出し続けることが求められます。

最近では、微妙な味の違いにこだわるマニア向けのビールが増えています。このようなマニアックなビールは、私のような人間からするととても楽しいし、勉強にもなります。しかし、このようなビールばかりでは、業界全体がマニアックになりすぎる可能性があります。ビールは自由であるべきで、様々な味を楽しめる環境が必要だと考えています。 例えば、クラフトビールイベントに3~5社のブルワリーが集まると同じスタイルのビールが並んでいるシーンをよく見かけます。これでは、消費者がどれを選べば良いか分からなくなってしまう。同じビールスタイルの枠組みで職人レベルで細かな差異を訴求する取り組みは素晴らしいものだと思いますが、まったく違うスタイルのビールも続々と生み出される環境があれば、マニアックなクラフトビールについていけない「一般のお酒好きな人」も取り込んでいけるのではないかと感じています。


大半のブルワリーはクラフトビール醸造において情熱を注ぎ、職人レベルでこだわっている。そのこだわりがクラフトビールのサブカルチャー的な雰囲気を醸成し、現在のブームをけん引しているのは事実だ。一方で、そのこだわりが極めて専門的になりすぎた結果、一般のビール好きの人たちにとって「分かるか分からないか」という微妙なラインでのこだわりになっていないだろうか。 現在、クラフトビールがビール業界全体の2%程度のシェアに留まっているのは、そのような微細なこだわりが他の98%の消費者には理解されていないという事実も1つの要因となっている可能性も否定できない。これは、クラフトビール業界が「マニアックなサブカルチャー的な状況」に陥っていることを示しているのかもしれない。クラフトビールの一部がサブカルチャー化し、限られたマニア層にしか受け入れられない状況が続いているとすると、その他の一般消費者へ訴求できるビールの楽しさを生み出す必要があるだろう。

クラフトビール業界がもう一段階マーケットを拡大するためには、「職人の細部にわたるこだわり」と「クラフトビールに関する知識の持たない一般消費者」との乖離を解消するための工夫が必要である。マニアックなサブカルチャー的な状況から脱却し、より多くの消費者に愛されるシンプルかつ新しいスタイルのビールを提供することで、業界全体の成長を促進することができるはずだ。

クラフトビール醸造における実験的な設備を絶え間なく取り入れ、新しいトレンドを創出しようとする佐賀アームストロング醸造所の今後の取り組みに注目したい。(ビールボーイ 編集部)

 


佐賀アームストロング醸造所

〒840-2104 佐賀県佐賀市諸富町大字徳富159−1
Instagram
Facebook



ブログに戻る