#20 日ノモトブルーイング

駒込駅は、東京都豊島区と文京区にまたがるエリアに位置する駅で、JR山手線と東京メトロ南北線が乗り入れている。静かで落ち着いた住宅街が広がりながらも、山手線沿線という利便性の高さが魅力のエリアだ。駅周辺には、江戸時代から続く歴史ある庭園「六義園」や、日本有数のツツジの名所「旧古河庭園」があり、緑豊かな環境が特徴。また、昔ながらの商店街(アゼリア商店街、さつき通り商店街他)もあり、地域に根付いた温かい雰囲気が漂う。

そんな駒込駅南口から徒歩5分の場所に「日ノモトブルーイング(以下、日ノモト)」がある。今回は「クラフトビールの醍醐味」を存分に味わえる「アメリカンベルゴ」というビアスタイルを多く手がける代表 田村氏に話を伺った。

「ファントムブルワリー」からの挑戦

現在43歳の田村氏がサラリーマン経験を経て、ビアバーを運営した後に醸造所の開設に至った経緯を伺った。

醸造免許を取得したのは2022年10月です。その前は、今と同じ屋号「日ノモトビアパーラー」で神保町にてビアバーを運営していました。ビアバーは2017年から約5年間運営してきました。
2017年以前はWeb・映像制作のプロダクションにて、企画営業の仕事を中心に担当していました。サラリーマンとしての期間は合計で10年以上になります。
ビールとの関わりは、もともと自分で事業をしたいと考えていた中で、ホームブルーイング(自家醸造)と出会ったことがきっかけです。当時は現在ほどマイクロブルワリーが普及していなかったため、まずはビアバーからスタートすることを決めました。そこから経験を積み、現在のブルワリー開業へとつながっています。

ブルワリーは設備産業であり、少なくない初期投資が必要となる。まずビアバーとして店舗を経営し投資資金を蓄積しながら、同時にビールの知識を深めていくというプロセスは合理的だ。

ビアバーを始めて半年ほど経った頃から八王子の「シェアードブルワリー」さんでOEMビールの醸造を行うようになりました。2〜3ヶ月に1回のペースで、シェアードブルワリーの設備を使わせてもらって、「日ノモトビアパーラー」ブランドとしてオリジナルビールを作らせていただきました。
レシピの詳細を相談しながら設計し、モルトの計量から後片付けまで、自ら手を動かして作業を行いました。そうした経験を通じて、醸造工程を学び、レシピ設計から醸造までの一連の流れを実践的に習得することができました。

醸造家を目指す人の多くはサラリーマン時代に既存のブルワリーの醸造を手伝い、そこで一連のプロセスを習得するケースが多い。だが、田村氏はビアバーで扱うオリジナルブランドを他社の設備を使って自身で醸造しながらその技を磨いてきた。自分の醸造所を持たずに他の醸造所へ委託醸造する形を取りながら、自分の考案したレシピでビールを醸造することを「ファントムブルーイング」と呼ぶが、田村氏は「ファントムブルワリー」として自身の醸造スキルを磨いてきたということだろう。

タップルーム vs レストラン ~ブルワリーにとっての外販の重要性~

取材当日は平日だったにもかかわらずタップルームにはお客様が絶えなかった。それでも田村氏は外販促進の必要性を強く感じていた。

経営を持続可能なものとするために、外販の必要性を感じています。そのため、今後は積極的に外販を拡大していきたいと考えています。一方で、「駒込のローカルブルワリー」として地域に根付いていくというスタンスはブレていないので、多店舗展開や店舗拡張といった規模を拡大するつもりはないですね。
ブルワリー開設時(設備投資)の段階で、タップルームのみで投資回収するのは難しいことを認識していました。店舗だけで十分な収益を担保しようとすると、タップルームではなく、フードメニューを充実させて客単価の高いレストラン業態にする必要があります。しかしレストランとして展開する場合、内装や店舗設備への初期投資がさらに膨らむため、今回はビールとつまみを提供するシンプルなタップルームとして割り切り、プラスアルファの収益源として外販を組み入れることを決めました。

ブルワリー開設段階で「この設備を使いたい」というこだわりがあり、簡易的な設備は考えていませんでした。設備投資に重点を置き、その他の初期投資を抑えたという側面もあります。 

昨今マイクロブルワリーが急増して、しっかりと予算を確保してブランディング・広告に力を入れているブルワリーが増えているため、外販の伸びが想定より鈍いのが現状です。加えて、営業活動にも十分なリソースを割けていないという課題もあります。


(発酵タンク410㍑×5基、ブライトタンク×1基が所狭しと並んでいる)

(タップルームの内観)

BtoCビジネスとして展開するマイクロブルワリーにとって、マーケティングは事業の成否を左右する死活問題である。特に、SNSを活用したマーケティングは、規模の大小や戦略の違いはあれど、ほぼすべてのブルワリーが取り組んでいる重要課題となっている。クラフトビール市場は個性的なブランドや限定商品の発信力が求められるため、適切なマーケティング戦略を打ち出せるかどうかが、顧客の獲得やリピーターの定着に直結する。

100回仕込んで一人前の醸造家に!?

ビアバーを開始してから、一貫して自身のレシピを自分で醸造するスタイルを貫いてきた田村氏だが、その「醸造技術や知識はまだまだ」だと語る。

醸造を始めて2年が経過しましたが、基本的な方向性は大きく変わっていません。仕込みを重ねるごとに、気になるポイントを洗い出し試行錯誤を繰り返しながら少しずつ納得のいくビールができるようになり「ようやく慣れてきたかな」と感じています。先輩醸造家の方から「100回仕込まないと感覚はつかめない」と言われたことがありますが、現在はまだ50回ほどの仕込み経験なので、まだまだ学ぶことが多いですね。

今は、ある程度設計通りのビールを造れるようになっていますが、まだまだ学術的な知識を深めていく必要があると感じています。しかし、現時点ではそこまで手が回っていないのが現状です。店舗の拡大や新たな事業展開を考えるよりも、まずは今の醸造にしっかり向き合い、満足のいくレベルまでやり切ることを優先したいですね。 

仮に週に1回というハードな仕込みスケジュールを想定しても、100回に到達するには100週、つまり2年の期間を要する。その間、毎回少しずつ原材料の配合を調整し、醸造工程における温度やホップの投入タイミングなど、複数の変数を試行錯誤しながら調整していく。仕上がりを確認し、その都度データを蓄積しながら改善を重ねる必要がある。確かに、数回の仕込みで全てを理解できるほど簡単なものではないだろう。

そうした不断の努力を積み重ねた先に、地方での醸造生活という将来像もかすかに思い描いているようだ。

漠然とした考えではありますが、今の醸造のゴールが見えたら、将来的には地方へ移住し、農業とセットで醸造を行うという構想を思い描いています。ただ、まだ具体的な計画には至っておらず、あくまで想像の域を出ない段階です。
地方の出身でもあり、もともと農業にも興味があるため、農作物の栽培とビール醸造の組み合わせが実現できたら面白いだろうなくらいの感覚ですが。

「アメリカンベルゴ」というスタイルの探求

頻繁に仕込んでいるのはアメリカンベルゴ(American Belgo)というスタイルのビールです。日本では、京都醸造さんや奈良醸造さんが先駆けてこのスタイルを手掛けており、自分もその影響を受けました。 
アメリカンベルゴは、アメリカンビールの要素とベルギービールの特徴を掛け合わせたハイブリッドスタイルのビールです。アメリカンペールエールをベースにしつつ、ベルジャンイーストを使用したり、ベルギースタイルのセゾンにアメリカンホップを加えてドライホップしたりと、その組み合わせは多岐に渡ります。ビアスタイルガイドライン(*1)では定義が曖昧ですが、現代的なホップの香りとベルギービールの伝統的な要素を融合させたイメージで仕上げています。クラフトビールに詳しい欧米のお客様でも「アメリカンベルゴ」というスタイルには馴染みがなく、興味を持ってもらえることが多いです。

メニュー表に載せるビアスタイル名にもこだわっています。例えばセゾンはクラシックなベルギースタイルのセゾンとは異なるため、あえて「セゾン」とは名乗らず、「アメリカンファームハウスエール」と表現しています。
うちは「ベルジャンxx」といったスタイルが多いため、お客様からは「日ノモトはベルギースタイルのブルワリー」と思われがちですが、実は伝統的なベルギービールは一つもなく、ベルジャンイーストを活用しながらアメリカン要素を取り入れた独自のスタイルを追求しています。  

様々な産地の原材料を組み合わせ個性的なビールを醸造することこそが、クラフトビールの最大の特徴である。アメリカンベルゴというスタイルは、その「クラフトビールの楽しさ」を象徴するスタイルの一つと言えるかもしれない。さらに、スタイル名を自由に命名できることで、ブルワリーの個性を前面に訴求できる点も、このスタイルの魅力の一つである。

*1:ビアスタイルガイドラインとは、ビールの種類や特徴を分類し、それぞれのスタイルの基準を定めた指針のことを指す。ビールの審査やコンペティション、さらには醸造家や消費者がビールの特徴を理解するための基準として活用されている。

現在も、アメリカンホップと(ベルギー系の)セゾンイーストを組み合わせたビールを仕込んでいますが、最近気に入っているHBC586(Krush)というホップを使用しています。グレープフルーツやトロピカルな香りがしっかり出るホップで、これをメインに据えたIPAですが、イーストはセゾンイーストを使用しているので、「ベルジャンIPA」として提供しています。セゾンイーストが活発に働き、糖度がゼロ近くまで下がり、アルコール度数8%超えのハイアルコールですが、ドリンカブルな仕上がりになりました。これは「ベルジャンウェストコーストダブルIPA」としてリリースしました。  オフィシャルにはそのようなビアスタイル名はないんですが(笑)

クラフトビール市場の課題 ~ 日本の農業改革を

昨今、社会課題として頻繁に挙げられる「農業問題」がクラフトビール業界にとっても大きな課題だと語る。

中長期的な課題としては、日本の農業をもっと活性化してほしいと強く感じています。「日ノモトブルーイング」という名前は前身のビアバー「日ノモトビアパーラー」という名前を踏襲しています。「日ノモトビアパーラー」では日本のクラフトビールを扱い、フードメニューも和風のおつまみを中心に提供してきました。つまり、日本の食文化や国産素材を大切にするという意味を込めて、この名前を付けたのです。

ビール醸造においても、日本産の原材料をもっと使用したいと思っており、まずは容量の大きい麦芽から国産にできたら良いと思います。
現状では国産麦芽の生産量が十分でなく、安定的に使用することが難しい状況です。以前、アメリカ人のお客様から「日本のクラフトビールは高い」と指摘されたことがありました。その際、「モルト、ホップなどの主原料を海外から輸入しているからだ」と説明すると、「日本のブルワリーなんだから、日本の原材料を使えばいいじゃないか」と言われました(苦笑)。

日本国内で安価で品質の高い麦芽が流通すれば、日本のクラフトビール市場は大きく変わると考えています。しかし、これはもはや個人レベルで解決できる話ではなく、国の政策レベルでの対応が求められる課題ですね。。。

 

(前身「日ノモトビアパーラー」でも扱ってきた日本産クラフトビール販売)

足元の課題としては、日本におけるブルワリーの急増が挙げられます。
現在、クラフトビールを一過性の流行で終わらせないためには、作り手が継続的に品質を向上させていくことが重要だと考えています。コロナ禍に起因した事業再構築補助金が出た影響もあり、マイクロブルワリーが急増しました。私自身、ビールが好きでこの仕事を続けていますが、実際のところビール醸造は決して楽に儲かるビジネスではありません。 

SNS広告でも「醸造家やってみませんか!!」といった広告を頻繁に見かけるようになり、少し流行すると世の中のあちこちで「やってみよう」といったムーブメントが起こることを実感しています。しかし、そうした流れの中でも、しっかりと技術を磨き、品質を維持し、クラフトビール全体の価値を高めていくことが大切です。ビールが好きで、美味しいものを作りたいという純粋なビール愛を大切にしながら、これからも醸造に向き合っていきたいと考えています。

ビールは言わずと知れた麦のお酒である。しかし、現状ではその麦の大半を海外からの輸入に頼っている。ジャパニーズクラフトビールを名乗る上で、原材料を国産にすることには大きな意義がある。さらに、国内で流通する麦芽を使用することで輸送コストを抑え、マイクロブルワリーが直面する収益性の課題改善にも寄与するだろう。

現在の日本では若者の離農や遊休農地の増加といった社会課題が深刻化している。こうした問題に向き合いながら、国産の麦芽を流通させる取り組みが進めば、日本のクラフトビールカルチャーはさらに発展し、独自の魅力を増していくはずだ。ジャパニーズクラフトビールの可能性を追求する日ノモトの取り組みには、今後も注目していきたい。(Beerboy 編集部)

 


 

日ノモトブルーイング
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目71−3 グリーンピア本駒込 1階

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