東京スカイツリーは東京都墨田区にある世界有数の高さを誇る電波塔で、地上634メートルの高さを活かした関東一円を見渡せる展望台が魅力のシンボルタワーだ。併設の商業施設「東京ソラマチ」には多彩なショップやレストラン、水族館やプラネタリウムなどのエンターテインメント施設も充実し、観光・ショッピング・グルメを楽しめる東京を代表する観光スポットとなっている。
昨年1月にオープンした「Romeo Brewery」(以下、ロメオ)は、東京スカイツリーの眼前に位置し、その距離の近さゆえにスカイツリーの頂点が見えない。一方、店頭には店舗を示すPOPが一切なく、店内の醸造タンクを見逃せばそこがブルワリーであることに気づかないほどの「隠れ家」的な存在である。今回は、昨年7月に醸造を開始した新進気鋭のブルワー、関根氏に話を伺った。
(店舗前にそびえるスカイツリー)
一流大学を卒業してから、ブルワーになるまでの軌跡
関根氏は、筑波大学の情報系学部を卒業している。筑波大学は日本の偏差値上位のグループに入る有名大学である。そんな関根氏は、本記事で取り上げた「ISANA Brewing(以下、イサナ)」での就業を経て独立した経歴を持つ。
大学生の時から、ベルギービールやドイツビールを含む約100種類のビールを取り扱うビアバーでアルバイトをしており、バイツェンなどの海外ビールに魅了されました。
卒業後はIT企業でデータアナリスト(*1)として働いていましたが、ビール業界に携わりたいという想いを捨てきれませんでした。働いている間も金曜の夜には家で肉を焼きながらクラフトビールを飲むのが習慣でした。次第にそれが仕事になれば良いと考えるようになったのです。
結局就職したIT企業は1年足らずで退職しました。その企業自体はとても働きやすいホワイト企業でしたが、コロナ禍の影響でほぼフルリモート勤務になり、出社することがなくなり閉塞感を感じるようになりました。家でずっとパソコンに向かうよりも、ものづくりに関わる仕事の方に興味を持つようになったのです。
*1:データアナリストとは、企業や組織が持つ売上データや顧客データなどを収集・整理し、統計やAIを活用して傾向やパターンを分析し、その結果をグラフやレポートで可視化して経営やマーケティングに活かす施策を提案する、数字を読み解いてビジネスの意思決定をサポートする専門職。
コロナ禍が新卒社会人のマインドセットに大きな影響を及ぼしたことは言うまでもない。働き方改革が余儀なくされ、可能な限り出社を伴わないリモート勤務が浸透した。その結果、職場の同僚や先輩、上司とのコミュニケーションが極端に減少し、成長速度の鈍化や職場環境の閉塞感を感じる若者が増えたことは周知の事実である。
IT企業を退職した後、将来の独立も見据え「醸造規模の小さいマイクロブルワリー」の募集を探しました。ちょうどイサナがスタッフを募集しており、最初は店舗スタッフとして働き始めましたが、しばらくすると醸造の手伝いをさせてもらえるようになりました。
当初は、醸造家になろうという強い想いがあったわけではなく、「ビール業界で働きたい」程度でした。しかし、イサナで醸造に携わるうちに、「醸造家を目指したい」という気持ちが芽生えるようになったんですね。
ビールの主な原料は、麦・ホップ・酵母・水の4種類ですが、近年ではフルーツやスパイスなどの副原料を加えることもあります。この4つの組み合わせだけで全く異なる味を生み出せることが、何よりも楽しいと感じています。さらに、自分の思い通りの味に仕上がったときの喜びは計り知れません。そこに副原料の要素が加わることで、まさに職人の領域に踏み込む感覚を味わえると考えています。醸造家の仕事の最大の魅力ですね。
現在28歳になる関根氏は、業界の中でもマイクロブルワリーオーナーとして最年少のグループに入るだろう。就職後1年で脱サラし、自身のやりたいことを追求する姿は一見輝かしく映るが、実際には相当な茨の道を歩むことになるはずだ。
1つの職場での勤務を継続する重要性を指摘する意見もあるかもしれない。しかし、関根氏の意思決定力、行動力、そしてあえて困難な道を選ぶ勇気は称賛に値する。
本格的なイタリアンと楽しむ極上のビール体験
「ロメオ」は確かにブルワリーであるが、イタリアンレストランとしての要素も色濃く持ち合わせている。醸造開始当初からビールだけでなく料理にも並々ならぬこだわりを見せる関根氏の想いを探った。
自分にとって、好きなビールはいつも料理と共にあります。例えば、ソーセージにはヴァイツェン、唐揚げにはピルスナー、フィッシュ&チップスにはポーターといった具合です。ビールに合わせて料理を選ぶのはもちろんですが、料理に合わせてビールを変えることも楽しいと感じています。
料理のレシピはすべて自分で考案しています。
特におすすめしている料理は「ポルケッタ」です。これは豚バラ肉にハーブを巻き、こんがりと焼き上げたイタリア料理です。ビールとの相性では、「Doskoi IPA」とのペアリングが特におすすめです。ハーブはバジル・パセリ・タイム・セージの4種類を大量に使用し、肉と脂の旨みが際立つ一品となっています。その濃厚な味わいに負けないIPAの風味が、最高の組み合わせを生み出します。
(ポルケッタ調理の最終工程)
(ポルケッタとdoskoi IPA)
(ポルケッタに使用している4種のハーブ)
「ポルケッタ」は衝撃的な美味しさだった。豚バラの肉と脂の旨み、そして鼻を抜ける4種類のハーブの香りが見事に調和し、高級イタリアンのメインとして提供されても全く違和感のない逸品である。さらに、それに合わせるIPAもホップの苦味が適度な口直しとなり、ポルケッタ→IPA→ポルケッタのループが止まらず、気づけば即完食・完飲してしまった。
ビールと同レベルのこだわりを持つ「料理とのペアリング」は理系の関根氏にとっては、最高の研究材料であり。そのこだわりレベルには目を見張る。
ペアリングにおいては、まず国ごとのイメージを大切にしています。例えば、イギリスのビールスタイルにはイギリスの料理を合わせるといった考え方です。また、肉や魚、赤身や白身といった分類を基に、おおよそのペアリングをイメージしています。
特に好きなペアリングのひとつに、ベリー系の酸味とチーズの組み合わせがあります。こってりした料理には、さっぱりとした酸味のあるビールを合わせるとバランスが取れます。他には、例えばワカサギの唐揚げにはケルシュ、鳥の唐揚げにはニンニクやショウガの風味を引き立てるIPAを合わせることで、同じ「唐揚げ」でも魚と肉で全く異なるビアスタイルとのペアリングが楽しめます。
様々なペアリングを試す中で、「当初の見込みとは異なる発見」もあります。例えばインぺリアススタウトに合わせるならティラミスが完璧に合うと考えていました。このペアリングも確かに美味しかったのですが、それ以上にシンプルなバニラと組み合わせる方がより面白い味わいになることが分かりました。こうした発見があるからこそ、ペアリングの奥深さを日々実感しています。
これまで「ビールの醍醐味は、さまざまな麦芽、ホップ、酵母の掛け合わせによって無限のバリエーションを生み出せること」だと主張してきたが、そんな無限の可能性を秘めたビールに「フードとのペアリング」が加わることで、その組み合わせはさらに広がる。尽きることのない多様性が生まれ、その無限の可能性を探求する楽しさは、学生時代から培った関根氏の研究心に一層火をつけているに違いない。
「営業ツール」としての缶ビール
まだ将来のことを語るには時期尚早とはにかむ関根氏だが、今後挑戦したいことはユニークなものだった。
今後挑戦したいことは3つあります。
1つ目は、ビールと料理をとことん極めることです。まだオープンして1年なので、ビールも料理もまだまだブラッシュアップできます。
2つ目は、ハーブ農園を作ることです。水耕栽培にも興味があり、自分の手でハーブを育てて、それを自分の料理メニューに取り入れたいと考えています。また、ハーブをビールに活かすことにも挑戦したいですが、ハーブ特有のえぐみのコントロールが難しく、スパイス系は過剰にスパイシーになりやすいため、一定の経験と知識が必要です。
3つ目は、缶ビールでの販売です。お客様が手に取りやすい形で提供するために、缶ビールの販売を行いたいと考えています。実際に「店舗以外でも飲みたい」という声も多くいただいているので、ぜひ実現させたいです。
また、こだわりの料理を提供するレストラン向けに、料理に合うビールを提案できるような「営業ツール」として缶ビールを活用したいと考えています。例えば、自分がレストランで食事をした際に「この料理に合うビールはこれだ」と思ったときに、缶ビールをそのレストランの料理長に渡して、その場でペアリングの提案ができるのではないかと思うんです。そのためには(重くて持ち運びがしづらい瓶ではなく)気軽に持ち運びができる缶である必要があると思っています。
「缶を営業ツールとして活用する」という発想は斬新だ。確かに、料理が目の前にある状態でペアリングを提案できることは、営業効果として非常に強力である。また、それは日々ペアリングに心血を注いでいる関根氏だからこそ成せる技だろう。料理を味わった瞬間に「このビールが合う」と判断し、その場で提案することで、提案を受けるレストランにとっても新たな発見につながり非常に有意義な提案となるはずである。
ビールの醸造規模はあまり大きくしたくありません。マイクロブルワリーとしてのスタイルを維持したいですね。理由としては、規模が大きくなると新しいチャレンジがしづらくなるからです。例えば、1,000リットル規模の仕込みになると、面白い副原料を気軽に試すことが難しくなると感じています。今はとにかく醸造と料理の技術を磨き上げることに集中したいです。
もちろん売上を伸ばしたいという気持ちもありますが、それ以上に醸造の回転率を上げたいという思いが強いです。さまざまなビールを造りながらスキルを磨いていきたいと考えています。現時点では醸造開始から半年で約16バッチ、月に3回ほどの仕込みを行っていますが、今後はさらに回転率を上げ、醸造技術を向上させたいと考えています。回転率を上げるためにも、缶ビールの外販チャネルの確保が急務だと考えています。
(Cheeky Peak Brewery(オーストラリア)の設備。本設備の導入は日本初で、最大の特徴は寸胴鍋が自在に傾けられることで、モルトの搔き出しが簡単になる)
(ファーメンターは300㍑×3基)
「定番を作らない」というスタンス
ビールと同じ熱量を料理にも注ぐロメオが提供するビールは、特定のスタイルに縛られない多様な魅力を持つ。
当店は「フードと合わせるペアリング」もビール単体と同じくらい大事にしているため、特定のビールを定番化するのが難しいという側面があります。また個人的にも「好きなビアスタイルは?」と聞かれても、1つに特定することが難しく…すべてのビアスタイルが好きなんですよね。ゆっくり飲むならビター、食事に合わせるならまた違うスタイルといったように、飲むシーンやフードに応じて飲みたいスタイルが変わります。そのため、特定のスタイルに偏らず、料理との相性や飲むシーンを考えながら多様なビールを造ることを心がけています。例えば、スッキリ系、ホップ系、濃色系、黒ビール、フルーツ系、スパイス系など、同じ種類が重ならないようにバランスを取っています。
その中でも人気No.1は「Doskoi IPA」です。アメリカンホップ(シトラ)を大量に使用しているため、シトラスの香りが広がり、その後にガツンとした苦味が口に残ります。味の濃い肉料理、特にボロネーゼやソーセージと相性が抜群です。
変わり種としては、1周年記念で醸造した「Gahana Madhu」というBelgian Strong Aleがあります。ワイルドカルダモン特有のスモーキーで土のような独特な香りが特徴です。さらに、シナモンやジンジャーも使用しており、後味はすっきりとして飲みやすくなっています。ホットビールとしての提供も行っており、温かい状態で楽しむこともできます。
常に新しいスタイルに挑戦し、料理との相性を追求し続けることが当店の醸造スタイルとなっています。そのため、特定のビールを定番化するのではなく、料理に合わせたビールを造り続け、お客様に常に新しいペアリング体験を提供していきたいと考えています。
ビールだけでなくフードにもこだわりを持つ関根氏ならではの回答である。ビールの醸造だけでなく、フードメニューの考案、仕込み、調理に至るまで、並々ならぬ情熱を注いでいることがよく分かる。
何より驚くべきは、ビールだけではなく料理にも同じくらいの熱量を注ぎ、1人で店舗を切り盛りしている点である。ビール醸造はその業務量の多さゆえ、マイクロブルワリーのオーナーにとってその多忙さが企業成長の大きなボトルネックとなることは、過去の記事でも言及してきた。しかし、関根氏は醸造業務や店舗業務に加え、料理メニューの開発、仕込み、調理までをすべて自身で完結させている。その業務量は想像を絶するものがある。
「基本的に月曜から日曜まで働いています。去年は体調不良で1日だけ休みましたが(笑)」と語る関根氏。その言葉からは、「忙しい」という感覚よりも「楽しい」という思いが勝っていることが伝わってくる。
熱燗ならぬ温ビール!?
様々なフードメニューとの相性抜群の変わり種ビール3種を試飲させていただいた。
Paradiso(Imperial Stout)、Gahana Madhu(Belgian Strong Ale)、Berry Bloom(Fruits Ale)だ。
(3種のフライト左からParadiso-Imperial Stout | Gahana Madhu-Belgian Strong Ale |
Berry Bloom-Fruits Ale)
(Gahana Madhuを熱燗のように温める)
Berry Bloomは、ロゼワインを彷彿とさせる、美しい薄紅色のビールである。ブルーベリー、カシス、レモンタイムが調和し、爽やかな味わいに仕上がっており、ビールが苦手な女性でも飲みやすい。
Gahana Madhuは、ヒマラヤ原産のワイルドカルダモンをたっぷりと使用したスパイスエールである。ワイルドカルダモンは体を温め、消化を助ける効果があり、寒い時期にぴったりのスパイスである。このビールは、エキゾチックな味わいを楽しめる一杯となっており、さらにホットで飲むと紹興酒のような香りが立ち上り、全く異なる楽しみ方ができる。
Paradisoは、まさにティラミスだ。バニラと合わせれば、まるで昼下がりの優雅なカフェのような雰囲気を楽しめる。イタリアンコースの締めにふさわしい、デザートビールである。
データアナリティクスでより合理的な経営を目指す
日本でもトップクラスの大学を卒業するほどの優秀な頭脳を持つ関根氏だからこそ、考える将来の取り組みがある。
今も新卒時に就いていたIT企業の経験に名残があります。この仕事も好きでしたから。もともとビッグデータを扱うデータアナリティクスの領域を専門としていたので、自社ビールの売れ筋分析など、マーケティングのためにコードを書いています。ただ、マイクロブルワリーは規模が小さく、大手ほど多くのお客様がいるわけではないため、データ量が限られていて、データアナリティクスを十分に活用するのは少し難しいですね。今後、データが蓄積されてきたときに、その効果を期待したいです(笑)。
また、将来的にはビールの醸造ログをデジタル化して、まだアナログな部分が多く残っている醸造工程をより効率的にしたいという想いもあります。ただ、正直今はそういった取り組みに時間を割く余力はないんですけど、将来的には実現できたら面白いなと思っています。
(このスカイツリービューの絶景を活かした店外ベンチ席も設置予定!?)
過去の記事でも言及したが、現在、マイクロブルワリーの数は急増している。しかし、その増加に伴う市場の拡大には至っておらず、今後ブルワリーの淘汰が始まる可能性は高い。そのようなネガティブな状況下で、新たな市場参入者の中に関根氏のような優秀な若年層人材がいることは、業界にとって非常に良いニュースである。
これまでクラフトビール業界は「職人の世界」として、職人たちが日々属人的に技術を磨き、その魅力を発揮してきた。しかし、この業界がより広く社会に認知され、「一般的な飲み物」としての立ち位置を確立するためには、若く優秀な人材が流入し、様々な角度からイノベーションを起こすことが不可欠である。
こうした優れた若手ブルワーたちが、近い将来、クラフトビール業界をけん引していく姿に注目したい。(Beerboy 編集部)
Romeo Brewery
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