#1 Vector Brewing

クラフトビール市場の隆盛が言われて久しいが、まだまだ拡大の余地を秘めている。その中心で存在感を示しているのが、東京・浅草橋に拠点を置くVector Brewingだ。この小さくも魅力あふれる市場を切り開くアグレッシブなアプローチで注目を集めている。代表の小川氏はクラフトビールへの深い愛と専門知識を生かし、よりアクセスしやすいクラフトビールの世界を築き上げるべく奮闘中だ。その熱意と実践が如何にクラフトビール業界に新たな息吹をもたらしているのかーーー代表の小川氏に話を伺い、その挑戦と展望にSCOPEする。

「クラフトビールをもっと気軽に」

東京・浅草橋に拠点を持つVector Brewingは、飲食店経営のバックグラウンドを持つ小川氏のクラフトビール好きが高じてブルワリー事業へと参入したことから始まる。

「もともと飲食店を展開していたのですが、ちょうど7店舗目に当たるところで、クラフトビールのお店をオープンしました。それはシンプルにクラフトビールがめちゃくちゃ好きだったからですね。その店舗の立地がとても良かったこともあり、お客さんが入り切らずにお帰ししてしまうことも多く、もう1個お店つくっちゃおうと(笑)。最初のお店はどっちかというとクラフトビールの初心者の方向けのお店だったので、次はより専門性の高い店を作ろうと思いましたね。そこで、せっかくだったら自分たちで醸造にもトライしたいと思ったのがきっかけですね。」

クラフトビールは当時はまだ今ほどの盛り上がりは見せていなかったが、ほどなく軌道に乗り始める。「始めるタイミングや物件、人との巡り合わせはすごく良かった」と小川氏は感謝の想いを口にする。

「始めたのが早かったということもあり、最初は食の感度の高い方が来られていました。デジタルマーケティングはあんまり得意ではないのですが、物珍しさみたいなものもあったのか、雑誌にも取り上げてもらったりして、自然に広がっていった感じです。」

設立以来のビジョンは、「クラフトビールをもっと気軽に」である。約3兆円と言われる国内ビール市場のうち、クラフトビール市場は1%程度と、依然としてその割合は小さい。しかし、小川氏はクラフトビールの多様性と可能性あふれる将来を見据える。

「"クラフトビールを広めていこうぜ、楽しくしていこうぜ!"というのがきっかけなので、まずはマーケットをもっと広げていきたいというのが基本的な考え方です。私たちの活動が、クラフトビールの間口を広げる一助になればいいなと。間口が広がれば自然とクラフトビールの多様性がもっと認められ、より多くの人がクラフトビールを楽しめるようにになると思っています。」

Vector Brewingはクラフトビールの間口を広げるため地域の活性化にも尽力している。一方で、さらなる事業拡大への思いも語った。

「拠点がクラフトが根差した街なので、私たちもその一員として貢献したいという思いはとても強いですね。地域のイベントはお声がけいただいたら積極的に参加していますね。一方で、会社としても規模はもっと大きくしていきたいです。それがクラフトビールの間口を広げることになると考えているので、全国への展開、そして海外への展開も積極的にトライしているところですね。」

海外展開はすでに飲食事業で開始しており、醸造の開始に向けても準備を進めているとのこと。Vector Brewingは、クラフトビールの可能性をじっくりと育て、より多くの人々に楽しんでもらいながら、着々とその歩みを進めている。

醸造へのこだわりと遊び心

Vector Brewingは、キャッチーで飲みやすい「ねこぱんち」シリーズのほかにも、濃厚で甘い黒ビール「Dirty OLD MAN」や「バナナを使わずにどれだけバナナ感を出せるか」に挑戦した「バナナシェイク」など、いわゆるIPAなどのビアスタイルでは表現できないクラフトビールのラインナップももっている。そこに通底するのは「クラフトビールをもっとおもしろく」というコンセプトだ。既存の概念にとらわれすぎないクラフトビールを心がけているそう。Vector Brewingの醸造スタイルは、シンプルだ。副原料を極力使わず、「水・モルト・ホップ・イーストだけを使用し「本来のビール」を維持しながらバリエーションを出すスタイルだ。「組み合わせをうまく調整することで様々な味わいを表現できる」と小川氏は語る。

「ヘッドブルワーの考え方としては、あまり副原料とかそういうのは入れたりしないということですかね。例えばバナナのテイストのビールがありますが、実際はバナナは使っていなくて、ホップの組み合わせや造りで、リアルなバナナの香りを表現したり。」

シンプルながらもこだわりをもったVector Brewingの醸造への姿勢がみてとれる。もちろん、原材料やレシピにもそのこだわりは生かされている。

「原材料はアメリカ、ヨーロッパから輸入した高品質の原料を使用していますね。クラフトビールは世界中に広がっていますが、やはりアメリカは、新しいビールを多く出しており、最も活発なので、原料についてもものすごいスピードで新たな品種の開発等が進められています。そういった、新品種は新たな可能性を広げてくれるので、常にアップデートされている情報をタイムリーに収集する、ということを意識してますね。」

進化を続けるためには、あくなき探究心で持続的に新しい知識を学び、情報をアクティブにキャッチすることが欠かせないということだろう。例えば、新しいホップを強いれる際に小ロットでの仕入れが難しければ、「まずはやってみよう」というマインドで、多めに仕入ることもあるそう。もちろん思った通りにいかないこともあるというが、その際はビタリングホップとして使ったりイベント用のビールにミックスしたりと、余すことなく活用しているそうだ。

「レシピについては、まずコンセプトを決め、先入観をできるだけ排除して、どんな味わいにしたいか、誰に届けたいか考えながら設計していますね。ネーミングはその時々ですが、アイドルの曲名から名前をもらったこともありました(笑)。「最近ではブルワリースタッフがどんどん新しい自分が作りたい、飲んでみたいビールなどを挙げてくれるので、みんなが第一線で、それぞれの感性で、また新しい考え方のビールも今後登場してくるかもしれませんね。」

このように、ベーシックなスタイルで市場の入口となるスタンダードなクラフトビールを提供する一方で、遊び心あふれるビールも創出しつづけている。ブルワリースタッフの自由な発想から生まれる新作も次々と登場し、いつも新鮮な驚きを提供してくれている。一方で、設備投資についてはコストとのバランスを常に考えている。Vector Brewingの醸造設備は、一般的なものとは少し異なる。「最初は予算とスペースの制限があったため、無理のない範囲で設計し、そうすることで初期投資を大幅に抑えることができた」と小川氏は語る。

「通常だとホットリカータンク、マッシュ・タン(ロータータン兼用)、ボイルケトル(ワールプールタン兼用)と別れるのですが、当醸造所は熱源が1カ所しか取れなかったという背景から、ホットリカータンク兼マッシュタン、ロータータン、ワールプールタンという別れ方をしているんですね。そうすると、醸造工程としては一度ホットリカータンクでマッシングをしたのちに、ロータータンに移しローターリング、スパージングを実施した後に、ホットリカータンク(マッシュタン兼用)に麦汁を戻してボイルをする、という工程を踏み、そこからワールプールタンクに移していますね。つまり通常とは異なり、マッシュタン→ロータータンク→マッシュタン→ワールプールタンクというプロセスになっています。稼働当初は「もう1個ホットリカータンクがあれば」や「冬に温度が下がるので、3つのタンクにジャケットをつけて蒸気を取り込めたら」とも思っていたのですが、この変形の醸造フローも型化されれば、醸造効率もさほど変わらないし初期投資を落とせてむしろ良かったかな、くらいに考えていますね。」

マイクロブルワリー支援で業界の発展にも寄与

さらに、Vector Brewingはクラフトビールの醸造だけに留まらず、マイクロブルワリーの立ち上げ支援という形で業界全体の発展に貢献する。これまでに数十社の設備や立ち上げに関するコンサルティングを行い、「業界をもっと盛り上げたい」という小川氏のクラフトビールへの熱が宿っている。

「設備会社からの見積もりは、各社ごとに提案内容が異なるので、よく比較することが重要ですね。各社はブルワリーの必要とする設備に対して異なる考えを持っており、それが見積もりの内容や価格に反映されます。見積もりを取る際には、各社がどのような設備を提案しているか、それが自分たちの必要とするものとどう異なるかを理解し、最も合理的な選択をすることが大切です。例えば、規模ややりたいことに対して、不要なタンクが見積もりに含まれていることもあるので、そういったアドバイスなどもさせていただいていますよ。設備投資に関しては、規模が大きく資金に余裕がある場合、高品質な配管工事を依頼することが可能ですが、これはコストが高くなりますよね。逆に、小規模なブルワリーで始める場合には、もっとカスタマイズしやすい、低コストのオプションが適切です。ですから、例えば、自分たちで配管を調整することも一つの解決策としてご提案することもありますよ。」

場所が広く取れないこともあり、自動充填機やラベルマシーンなど設備の設置場所はなく、手作業も多いとのこと。

Vector Brewing が描く未来図

実直さと遊び心が織りなすVector Brewing、今は、どのような挑戦の最中なのだろうか。

「直近でいうと缶詰機やペットボトル詰め機を導入を予定していますね。あとはやはり、製造量の拡大です。埼玉の工場では、発酵タンクも増やしていきます。現状4000Lのタンクが8本ですが、今後は14本まで拡大予定です。当然それなりのコストもかかりますが、やはりいつも夏になると足りない足りないみたいな感じがすごく発生してたんで、そこはしっかりとお届けしたいなと。クラフトビールに携わっていて、悩みは尽きません。毎回、これはどうやって売上を上げていくんだろうと(笑) 今は生産量と需要がバランスしているので良いですが、タンクを入れて生産量が上がると、また売らないといけないので、多分また課題が出てくるのかなと思います。本当はしばらく利益を貯めてた方がいいのかもしれませんが、ビジョンの実現のためにも、利益は全部新しい投資に突っ込んでいくという、攻めの経営を貫いていきたいです。海外への展開も予定していますし、よりマーケットを広げて、より多くの人にわたしたちのビールをお届けしたい、その一心ですね。」

Vector Brewingはクラフトビールの普及と市場の拡大を使命とし、たゆまぬ挑戦を続けている。地域から全国へ、さらには国境をも越えてその魅力を伝えようとする小川氏の情熱は、多くのブルワリーに新たな選択肢をもたらしている。これからもVector Brewingは、クラフトビールがもたらす多様性と地域色豊かな個性を探求しながら、一杯のビールが持つ無限の可能性を追求していくのだろう。彼らの描くその未来図を、私たちも一緒に見ていきたい。(BEERBOY 編集部)

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