#16 TKBrewing

川崎駅から徒歩10分、街並みの中でひと際目を引く建物「unico」がある。
かつて高度経済成長期には、労働者や社員のための工場・倉庫兼事務所・寄宿舎として地域を支える存在だった。しかし、住宅化の波や本社移転により、建物や街の活気は徐々に減少した。そこで、2017年に建物のリノベーションが行われ、「unico」というクリエイティブな複合施設が誕生した。「唯一無二」を意味する名前と「発酵」をコンセプトに掲げ、地域と共に進化する場を目指したその場所は地域住民や川崎市との連携を深めながら、テナント募集や工事計画を柔軟に進め共感する人々を引き寄せる施設となっている。
そんな「unico」の独特な雰囲気の中で存在感を放つ1軒のブルワリーがある。大きな看板やサインもなく、「知る人ぞ知る」といった雰囲気を漂わせるそのブルワリーは「TKBrewing」だ。今回は大手IT企業から醸造家に転身した「TKBrewing」代表取締役、高林氏に「都市型ローカル」ブルワリーにかける想いを伺った。

 (unico入口、中庭。隠れ家的な雰囲気が漂う)

海外でのホームブリューから本職へ

先ずはTKBrewingの設立の経緯について伺った。

2016年12月に会社を立ち上げ、2017年12月にクラフトビールの販売を開始しました。準備に約1年を費やしました。会社の立ち上げ前は約25年間、IT業界でサラリーマンとして働いていましたが、50歳を迎えたタイミングで「やりたいことをやろう」と決心し退職しました。

クラフトビールとの出会いは1998年です。会社の仕事でカナダに赴任した際、ホームブリューイングを始めたのがきっかけです。その体験からクラフトビールの魅力に惹き込まれました。2000年に日本へ戻った後も、独自でビール研究を続けてきました。川崎エリアのビアバー巡りも楽しみ、クラフトビールへの情熱を深めていきました。
当時のビアバーでは、伝統的なスタイルのビールが多く、特に輸入ビールを中心に楽しんでいました。現在ほどクラフトビールのラインナップが充実していなかった時代でもあり、個性の強いハイアルコール系のビールが特に好きでしたね。私は「マッチョなビール」と呼んでいますが、それは今の醸造にも反映されています。

 

隠れ家的ブルワリー、TKBrewingの魅力

ブルワリーと聞いてまず思い浮かべるのは、通行人から見やすい大きな発酵タンクが並ぶガラス張りの醸造スペースだろう。また場所も倉庫やマンションの一角で醸造するスタイルが一般的なイメージだ。しかし、「TKBrewing」はその常識を覆す。

入口はやや分かりづらい。中に入ってみると発酵タンクは見当たらず、オシャレなカフェが先ず目に飛び込む。そこでくつろぐお客さんとセットでゆったりとした時間が流れる空間に「TKBrewing」はある。ビールの販売場所はカフェのオーダースペースではなく、そこから数メートル離れた小窓である。「こんな場所に醸造所があるのか」と驚かされる隠れ家的な存在である。視認性を重視した従来型のブルワリーとは異なり、TKBrewingはその個性的な佇まいで訪れる人にワクワク感を醸成している。


ちょうど私が会社を立ち上げて醸造場所を探しているタイミングで、「unico」のリノベーション計画の一環でブルワリーの誘致を検討していると聞きました。この計画を知るきっかけとなったのは、武蔵小杉にある「マッキャンズ」というビアバーでの出会いです。そこで「unico」の担当者さんと出会い、具体的な話が進んでいきました。

「unico」の建物には目立つ看板が出ていないため、うちはフラッと立ち寄る場所というよりは、むしろ「目的地」として訪れてくれるお客さんが多いですね。シェアリングオフィスのメリットとして、同じビルに入っている他店舗とのコラボレーションが挙げられます。そこまで事例は多くはないのですが、ビル内の他の飲食店とのコラボレーションをやっていたりしますね。

(unico3F。シェアリングオフィススペース)

目的地として訪れるケースが多いという話だが、たまたま散歩していて偶然「TKBrewing」を見つけるお客さんもいそうだ。そういったお客さんにとっては、偶然の出会いという経験を楽しむという観点もあるだろう。場所そのものが意外性に満ちていることから、訪問者にとっては「発見」そのものが特別な体験となる。従来のブルワリーとは一線を画すスタイルが、この地で新しいビール文化を生み出しているのだろう。

都市部における地域密着型ブルワリーの在り方

マイクロブルワリーは、地域に根ざした存在であることが多い。地元の農家とコラボレーションし、特産品を活かしたビールづくりを行うことが一般的だ。これにより地域密着型の個性を打ち出し、地元住民からの支持を得ることが目的である。
しかし、川崎駅周辺のような都市部では、農家が少ないという現実がある。このような環境で「地域密着型」という概念をどのように捉え、実現するのかが課題となる。TKBrewingは都市部の特性を活かしながら新たな地域密着型のスタイルを模索している。

30年以上川崎に住んでいますが、この街の一番の魅力はその多様性だと感じています。駅の西側には閑静な住宅地が広がり、東側は雑多で賑やかなエリアです。昔に比べ、川崎駅周辺もとてもきれいになり、住みやすい街へと変わってきました。このエリアに住む人はあまり外へ出ていかない、地元に根付く人々が多い街でもあります。

ブルワリーの視点で見ると、川崎みたいな都市部には農産品が多くはないので地元の特産品を使った特色のあるビール醸造といった取り組みは難しいのが現状です。そのため「都市型のローカルブルワリー」とは何かを模索しています。うちは地元のビアバーとの関係を深めることに注力し、現在、定期的に10カ所ほどのビアバーにビールを卸しています。このように近隣のビアバーに支えられている点が、「都市型ローカルブルワリー」の特徴だと考えています。

(店舗販売、卸販売用のビール樽)

都市部は農家は少ないが飲食店が多い。「地元の飲食店」と連携し、固定的に卸販売をすることで、地域にTKBrewingのビールを浸透させている。これが都市型ローカルの形ということだろう。
一方で、卸販売を拡充することにおいてはマイクロブルワリーならではのジレンマがあると高林氏は語る。

現在、うちの売上構成比率はタップルーム販売が40%、イベント販売が20%、卸売が40%です。ただし、出荷量としては卸売が圧倒的に多いのが現状です。ここに大きな課題があります。うちのように醸造量に限りがある中で、利益率の低い卸売を増やしすぎると収益が伸び悩みます。一方で、卸売を制限すると地域における流通量が減り、認知度の拡大が難しくなる。このジレンマに直面している状態なのです。

この課題を解決するためには、醸造量を増やすことが必要だと考えています。現在の醸造規模にとらわれず、より多くの人々に私たちのビールを届けるための取り組みを進めていきたいですね。

マイクロブルワリーにとって、限られた醸造量の中で市場流通量を確保しつつ、収益性を維持することは大きな課題である。特に、手作りのクラフトビールという性質上、大規模生産には向かず、その分高い利益率が求められるが、これを達成しながら市場認知を獲得するのは容易ではない。

市場流通量を増やすことは、認知度の向上や地元との関係性強化にもつながる重要な要素である。しかし、流通量の拡大を目指す中で、低い利益率の卸売が比重を占める場合、収益構造が圧迫されるというジレンマに直面する。この状況に対処するには、醸造量そのものを増やし、規模の拡大によって利益と流通量の両立を図る必要がある。

さらに、醸造量の拡充は単なる生産量の増加に留まらず、ラインナップの多様化や販路の開拓といった次のステージへの布石となる。マイクロブルワリーとしてのブランド価値を損なうことなく、いかに市場でのプレゼンスを高めるか。この戦略的な課題に挑むことこそ、持続可能な成長の鍵となるのだろう。

「クリアでマッチョなビール」?へのこだわり

7年間醸造に真摯に向き合ってきた高林氏の醸造に対する想いを伺った。

醸造においては、3点意識しています。「クリアな味わい」「マッチョなビール」「高い歩留まり率」です。

1つ目は「クリアな味」を追求している点です。雑味やオフフレーバーを出さないよう、糖化工程や発酵温度には特に注意を払っています。発酵はビールの品質を左右する重要な工程であり、適切な発酵温度の設定を徹底することで、雑味のないきれいな味わいを目指しています。

発酵に使用するイーストの管理にも気を配っています。当醸造所ではイーストを再利用しており、顕微鏡を使ってイーストの生存率をチェックします。そのデータを基に、投入するイーストの正確な量を計算し、冷蔵保存されたイーストを再利用しています。イーストの管理が、クリーンな味わいの決め手ではないかと思っています。

2つ目は「マッチョなビール」を意識している点です。「マッチョ」とはアルコール度数が高めで苦味がしっかりと効いた状態を指します。ホップの選定や麦芽の構成を工夫することで、丸みのある味ではなく、苦味を際立たせた鋭い仕上がりを意識しています。また、発酵を最後までしっかりと進めることで、不要な糖分を残さない点もポイントですね。糖分が残った甘ったるいビールではなく、シャープでキレのある味わいを大切にしています。ただ誤解してほしくないのは、「あえて甘みを出すビール」を否定しているわけではないです。狙って甘くしているビールと、発酵不足で糖分が残ってしまった甘いビールは大きく異なるので。

最後は、高い歩留まりを実現するために発酵効率にも気を配っています。最近では歩留まりを向上させるため、発酵温度を低めに設定することが多くなっています。発酵温度が高すぎると発酵が活発になりすぎ、泡があふれて十分な液量が確保できないことがあるためです。このような取り組みを通じて、発酵時のロスを最小限に抑え、より良い品質のビールを提供することを目指しています。

(基本的に14タップの液種を提供している)

この7年間、試行錯誤を重ねながら歩留まりの向上やイーストの管理方法を研究してきたと語る高林氏。経験を積むことで一定の判断は可能になったものの、「まだまだ研究を続ける余地はある」とその探求心は尽きない。
サラリーマン時代に培ったビール研究の成果を活かし、手作りの醸造プラントで醸し出されるのは、「クリアでマッチョな」クラフトビール。アルコール度数が高めで、シャープな苦みを特徴とするその味わいは、多くのクラフトビールファンから熱い支持を集めている。

 (自作のマッシュタンと温度、水流を制御する配線版)

「クリアでマッチョな」定番ビール

定番ビールは、「Tenderness IPA」と「アメスタ」の2種類です。それに加えて、最近では「Ekuanot Tripel(エクアノットトリぺル)」も気に入っています。いずれもクリアでマッチョな逸品になっています(笑)

「Tenderness IPA」はクリアなウェストコーストスタイルのIPAで、がっちりとした苦みが特徴です。色は淡く、ホップにはモザイクをメインに使用し、アイダホ7を加えることで独特の香りと風味を引き出しています。IPAらしいシャープで洗練された味わいが楽しめます。アルコール度数は7%と「マッチョ」でもあります(笑)

「アメスタ」はアルコール度数6%でしっかりとした苦みが特徴のアメリカンスタウトで、深みのある味わいが魅力です。がっちりとした苦みとコクが調和した一杯で、スタウト好きにはたまらない一品となっています。

「Ekuanot Tripel」は限定醸造のビールとして提供していますが、ベルギー系のイーストにアメリカンホップをふんだんに使用した意欲作です。複雑で豊かな風味が特徴で、ベルギーの伝統とアメリカンスタイルを融合させた、新しい味わいを体験できます。アルコール度数8%とやはり「マッチョ」な仕上がりになっています。

筆者自身、「マッチョなビール」という表現に心を奪われている(笑)。昨今、低アルコールビールがトレンドとなる中、その流れに逆行するようにハイアルコールビールを次々と生み出すTKBrewing。そのストロングスタイルは、クラフトビールファンの中でも特に熱狂的な支持を集めているのではないだろうか。

アルコール度数の高さだけでなく、しっかりとした苦味やシャープな味わいが特徴のTKBrewingのビールは、クラフトビールの個性をとことん追求した一杯である。「飲みごたえ」を求めるコアなファンにとって、その力強い味わいは一度飲めば忘れられない存在だ。

トレンドに迎合せず、独自のスタイルを貫くTKBrewing。その「マッチョなビール」には、クラフトビールの新たな可能性と情熱が詰まっている。

「クラフトビールブーム」ではなく「ブルワーブーム」?

近年、クラフトビール市場ではブルワリーの急増が目立っています。TKBrewingを立ち上げた頃は全国に400軒ほどだったブルワリーも、現在ではその倍の800軒に達しています。しかし、こうした増加に消費者の需要が追いついていない現状があるように感じます。「クラフトビールブーム」というよりは「作り手がブルワーになりたいブーム」といった印象を受けています。

特に、多店舗展開している飲食店がブルーイングに参入するケースが増えていますが、それ自体はクラフトビール業界全体を盛り上げようとするムーブメントの一環としては良いことだと思っています。しかし、ブルワリーの数が増えるだけで、そこで醸造する確かな技術を持ったブルワーが育たなければ、市場には質の高いクラフトビールが供給されず、結果としてマーケットの成長も滞る可能性を危惧しています。

ブルワーになりたい人が急増する一方で、そのスキルを磨く環境が不足している現状がある。結果として、質の高いクラフトビールの供給が追いつかず、市場全体の成長に影響を及ぼしている。
この状況は、過去の「地ビールブーム終焉」の兆候を思い起こさせる。かつて地ビールブームが失速した一因には、質の低いビールが市場に溢れたことが挙げられるが、現在も同様のリスクが潜んでいると言えるだろう。

私個人としては、過去の地ビールブーム時代のような極端に質の悪いビールは、現在では少なくなっていると感じます。設備の改善やオペレーションの標準化が進み、深い知識がなくても一定程度の質が担保されたビールを醸造できる環境が整ったことのではないでしょうか。

このような状況下でも、クラフトビール市場の伸び悩みに関して、もう一つの大きな課題があります。価格です。消費者がクラフトビールに手を伸ばしにくい最大の理由はその価格にあると言えるでしょう。大手のビールが居酒屋で1杯300円で提供される一方、クラフトビールは1杯1,000円以上というケースが多く、同じ土俵で競争するのは難しい状況です。

ブルワリーの増加は業界の活性化を示す喜ばしい現象である。しかし、消費者の支持を得るためには、価格、品質、マーケティングといった課題を解決する必要があるのも事実である。今後のクラフトビール市場の持続的な成長には、いくつかの重要な取り組みが求められる。

まず、ブルワリーの増加に伴い、ブルワーの育成を進めることが不可欠である。質の高いクラフトビールを安定的に供給するためには、技術と知識を持ったブルワーを育て、市場全体の品質を担保することが求められる。

次に、クラフトビールの付加価値を正しく発信することが必要である。現在、クラフトビールはその価格が高いという理由で、消費者にとって一部の特別な存在に留まっている。しかし、良質なクラフトビールの付加価値を消費者に正しく伝えることができれば、クラフトビールは「値段が高いビール」ではなく、「品質が高く、その価格に見合ったビール」として認識されるようになる。このような認識の変化が生まれれば、クラフトビールは消費者にとってより身近な存在となり、市場の裾野が広がるだろう。

これらの施策を通じて、急成長するクラフトビール市場が、単なる一時的なブームに終わることなく、持続可能な発展を遂げることが期待されるだろう。TKBrewingのような個性豊かなブルワリーが複数タッグを組み市場に大きなトレンドを生み出す未来に引き続き注目していきたい(Beerboy 編集部)

TKBrewing

神奈川県川崎市川崎区日進町3−4 unicoA1F
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